緩和ケア
はじめに
痛みは、身体で感じる不愉快な体験(感覚経験)であると同時に、心で感じる体験(感情体験)であり、常に本人にしか感じられない純粋に主観的な感覚である。 この中でも特にがんの痛みは、健康人が日常で体験する痛みとは異なる痛みであると考えられている。 痛みはがんのどの病期にも発生するが、がんの進行とともに発生頻度が高くなり、末期では約70%の患者で主要な自覚症状になると言われている。
また持続性の痛みが多く、約50%は強い痛み、約30%は耐え難いほどの強い痛みとして訴えられている。この持続性の痛みは、患者の心の状態にも影響し、 不眠や食欲低下の原因となる。考えが痛みに集中してしまうため、他のことを考えられず、何もできなくなり、患者は無意味な毎日を強いられる事となる。また、 不安やうつ状態を引き起こし、更に痛みの閾値を低下させると考えられる。
このようながんの痛みの特徴を理解し、痛みをコントロールすることは、患者がよりよい生活を送るために重要である。
がん患者にみられる痛みの原因
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がん自体によって引き起こされる痛み
骨への浸潤、内臓浸潤・圧迫、軟部組織浸潤、神経浸潤・圧迫、血管・リンパ管浸潤、脳腫瘍による頭痛など
- 骨への浸潤
がん性疼痛のなかで最も多くにみられる。障害部位に一致して持続的に鈍くうずくような痛みがみられる。 - 内臓への浸潤や圧迫
胸腔や腹腔臓器への腫瘍の浸潤や圧迫による痛みで、部位がはっきりしていることが多く、一般に身体の奥深く、締めつけられるような鈍痛として表現される。腫瘍の成長に伴う進行性の痛みのことや、肩や心窩部の関連痛として訴えられたりする。
疝痛は平滑筋が収縮することによる限局しないびまん性のうずくような痛みである。 - 脳や脊髄への浸潤による痛み
脳にがんが転移すると、早朝は重く感じられ、その後日中には徐々に軽くなるびまん性の頭痛が出現する。これは頭蓋内圧亢進によるもので、食事とは無関係な 嘔吐が出現することがある。また、腫瘍の転移部位によっては片麻痺や種々の神経症状を伴う。
がん転移による脊髄の圧迫では、椎体や視神経に一致して、帯状の限局した鈍くうずく痛みを感じる。そして次第に障害脊髄の部位に一致した神経症状 (運動麻痺や感覚喪失、膀胱・直腸障害など)を伴うようになる。 - 神経や神経叢への浸潤や圧迫による痛み
神経根や神経に近接した骨が折れることや、増大した腫瘍により圧迫されることで生じる痛みで、障害された神経の支配領域に発作性にズキンズキンと焼け付くように感じる。
また、障害神経支配領域の知覚がなくなったり、逆に知覚過敏や痛覚過敏が出現したりする事もあり、更に運動機能障害も伴うようになる。
- 骨への浸潤
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がん治療に起因する痛み
術後瘢痕に痛み、化学療法の副作用、放射線治療の副作用など
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衰弱による痛み
便秘、褥瘡、口内炎、呼吸苦、ふらつき、めまいなど
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がんと無関係の痛み
片頭痛、緊張性頭痛、筋・筋膜症候群、骨関節炎、帯状疱疹、帯状疱疹後神経痛など
がん性疼痛の特徴
- がんの痛みはどの段階でも発生するが、がんが進行するとともに痛みの出現も多くなり主要な症状になる。
- がんの痛みは身体的な原因によって起こる痛みであり、過小評価したり心因性と判断したりしてはいけない。
- すべての痛みはがんに基因するとは限らない。
- 持続性の痛みであることが多く、患者にとっての恐怖感が大きい。
- 鎮痛薬を必要とする激しい痛みである。
- がんの痛みは睡眠や食事などの日常生活を妨げ、また社会生活や生き方にも影響を及ぼすので、患者にとって脅威となる。
- 痛みを訴える患者の約80%は、2ヶ所以上の痛みを持っている。痛みの強さは、患者の心の状態によっても影響を受けるが、心理的要因のみで左右されるわけではない。
- がん患者の痛みを全人的な痛み(トータルペイン)と捉え、痛みの認知に影響する要因を理解することが大切である。
- 大多数の痛みはオピオイドに反応する。(適切な鎮痛薬の使用とケアにより多くの痛みは消失する)